プロフィール
中島 紀美子
Kimiko Nakajima
薬学部を卒業後、大学病院の研究室に勤務する傍ら日本料理を学ぶ。職場の友人と料理の集い「サラダ・デ・ココ」を結成。
その後1985年日本料理教室「Kitchen Witch」を開く。
1995年10周年記念文集「味なおはなし」を出版。
2001年オレンジページ社BeneBene誌上で「季節を楽しむ和のおもてなし」を1年間連載。
2005年婦人画報創刊100周年新年号「お稽古サロンで感性を磨く」初回に紹介される。
2005年20周年記念冊子「景色のある食卓〜おもてなし料理と六つのおはなし」を出版。
2011年東信水産「お魚かんたんレシピ」を1年間作成。
2015年「伝えたい・つなげたい Kitchen Witch 四季の味 30周年記念・みんなで選んだレシピ160選」を出版。


キッチンウィッチと私のこと
 20代半ばのころ、旅行先のプリンスエドワード島の街角のショップで絵葉書を選んでいたときに、ふと、ほうきに乗ったかわいい魔女のイラストの上にKitchen Witchと書いてあるマグネットが目に入りました。冷蔵庫などにペタンと貼れるようになっているものです。私はキッチンウィッチの話が好きでしたので、「そのうち自分の冷蔵庫をもつようになったら貼ろう」と、わくわくした思いでそれを買いました。その後にこのロゴとイラストをこんな形で長く使うことになろうとは想像もしない頃でした。

 そのころ私は、大学病院の研究室で実験の補助をしていました。その分野では世界でも指折りの優秀なグループで、研究への熱意と探求心がみなぎっていると同時に、のびのびとした和やかな雰囲気があって、私はここでの研究のほんの末端にでも加われることを有難くまた誇りに思いながら仕事をしていました。
 一方で京都生まれのためか、もともと日本の美しいものが好きだったので、週末はお茶と日本料理を習い、とくに料理についてはテキストに自己流の絵や文字を書き加えてせっせと整理していました。

 そんななか、職場の助手仲間や秘書さんたちの発案で、材料持参で得意料理を紹介し合って皆で作って食べる"サラダ・デ・ココ"という会を作ることになりました。自分の当番が回ってきたときに、私ははじめて自分でテーマを決めて献立を組み、自分のレシピを書きました。資料を調べ、段取りを考え、材料をそろえ、試作をする、それはおもしろいことに実験の手順とよく似ていました。

 回を重ねるうちに、日本料理にはその心にも技にも、素材にも道具にも、表現の方法にも、日本の美しいものが詰まっていることに改めて心がゆさぶられ、なんだか自分にできることがここに在るような気がしました。漠然としていたものを表現する窓口をみつけたように思いました。

 それからはいっそう勉強に熱が入り、4年ほどして自宅に近い代々木公園脇にお料理のスタジオとして小さなワンルームを借り、はじめて自分の冷蔵庫をもったとき、プリンスエドワード島で買ったあのマグネットを貼り、その部屋をキッチンウィッチと名付けました。
 長くなりましたが、これがキッチンウィッチ誕生のいきさつで、日本料理の教室なのになぜこんな名前なのかの理由です。
                     (10周年記念文集「味なおはなし」から引用)


・・・《その後》・・・
 2年後には研究室を退職して教室に専念するようになりました。お料理の専門職出身ではない私ですので、宣伝はせず、なるべく小さく手の届く範囲で、友人たちのお知り合いだけに"生徒さん"になっていただき、大勢の方々の支えのおかげで教室を続けました。

・・・《あっという間に30年以上たち》・・・
 インターネットの時代になり、キッチンウィッチも2005年にホームページを開設しましたので、外部にオープンになりましたが、原則としてお知り合いのかたで構成しています。長くやっていますと、出産で教室を退会された方が、お子さんが成人したからと復帰されたり、産まれたお子さんが成人して教室に入会されたりというケースがあり、感無量になります。
 平成・令和と時代が大きく移り、日本料理を伝えつなげていく大切さはますます深くなったと感じています。これからも初心を忘れず続けていきたいと考えています。

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